ぴよぴよ日和

結婚5年、そろそろ子供が欲しい30代共働き主婦の、天使待ちの日々を綴ります。

2017-10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Blog、引っ越しました

実は少し前から、Blogを引越しさせていました。

妊婦生活の日記が主になりますが、ご興味のあるかたはどうぞ遊びにいらしてください。

http://ameblo.jp/solanotamago/

スポンサーサイト

テーマ:妊娠初期(1?4ヵ月) - ジャンル:結婚・家庭生活

治療の記録~FCT転院後-4回目の移植(卒業)まで~

一度目の採卵の後、まさか自分がもう一度採卵をするとは考えてもいませんでした。
でも5月の採卵のあと、ずっとホルモン周期やピルで強制リセットだったので、もしかすると卵巣はいい具合に休息できていて、卵の質が上がるかもしれない、という期待も抱きました。

前回は注射に通ったけれど、2回目は自己注射にしてみようと思い、指導も受けました。
といっても、私は卵巣の反応がいいので(2回目もやはり、前期卵胞は14個ほどありました・・・)注射は1日置き。
アンプルを割ったりするのはちょっと怖かったけど、途中からは理科の実験みたいで楽しくなりました。
ペンタイプだったら、もっと楽だったのでしょうけれど・・・でもアンタゴニストはセットタイプとはいえ、普通の注射だし、FSHやHMGだけをペンタイプにしても、あまり変わりないかな、という気がします。

採卵はD15、2回目に採れた卵は12個でした。
そのうち1個は未熟卵、1個は変性卵。
あとで分かったことですが、FCTでは数が多く採れた場合は未熟卵は廃棄するものだと私は思っていたのですが、未熟卵でもすぐに成熟しそうなものは追加培養してくださるようです。
中間報告の時は、9個が受精し、9個とも分割しているとのことでした。

1週間後の凍結確認・・・胚盤胞は6個できていました!
グレードは4AA×3、4AB×1、3AB×1、4AC×1で、期待したとおり、前回よりもいいものが沢山できました。
培養師さんによると、前回同様にSplit ICSIにして、見た目の良いもの6個を顕微授精、その他5個を体外授精してくださったとのこと。
顕微は6個とも受精・分割し、体外のものは3個しか受精・分割しなかったそうです。
これは使った卵のグレードからすれば当然の結果なので、体外のほうが成績が悪いとは言えないということ。
そして、うち1個は未熟卵を追加培養したものなので、やはり受精に至らなかった、と仰っていました。

胚盤胞になったタマゴのうちAAのもの全てと4ABは顕微で出来たもの、3ABと4ACは体外のものでした。
全ての卵を動画でみせていただきましたが、明らかに私の目で見ても、前回の凍結卵より綺麗な卵たちでした。
培養師さんにも、「教科書にでてくるお手本のような卵ですね」とお墨付きいただき、「この卵のいずれかが必ず妊娠に結びつくと思うので、あまり躊躇せずに戻した方がいいです!」と力強く言っていただけました。

更に1週間後、生理が来たのを確認してホルモン周期開始しました。
私なりに今回は考えがあり、
・十分に戻ったか分からない段階での移植はしたくないので、平日に移植する
・当日の午後一で鍼灸に行く
・SEET法をやってみる
と決めていました。
SEET法以外の2つは、前回妊娠できたときのパターンを踏襲しようという意味でした。

SEET法については、実は採卵前に先生に相談しており、FCTでは希望すればSEET法用に培養液を凍結保存して下さるので、使うかは移植前に判断するとして、とりあえず保存して欲しいとお願いしておいたのです。
FCTではSEET法について、まだ懐疑的なようでした。
というのも、英クリニックで開発されて学会で発表されていたものの、それ以外のJISARTの病院では、英の先生が出してくださったデータのように、大いに有効性があるといえるほどの結果が出ていないそうなのです。
もちろん、FCTでもSEET法で妊娠された方はいるということでしたが、私のように着床障害が認められず、1度は着床も経験しているとなると、有効かどうかわからない、と。
それでも、「特にマイナス要因となるわけではないからね」ということで、SEET法を試すことにGOはいただけました。

FCTでは、SEET法にプラス2万円かかります。
でも、移植しても陰性となり、また移植をするよりは、この1回に賭けてみよう!と思ったのです。
4回目の移植は、AAの卵があるし、1個でいいかな・・と思っていましたが、AAとABの2個移植してみましょう、と院長先生が仰ってくださり、2個移植+SEET法と、これで妊娠しなかったらおかしい!くらいの万全体制でした。

また判定日までの2週間・・・夏に妊娠したときのような着床出血のようなものも、お腹の痛みも、胸の張りもなく、「あんなに色々やったのに、ダメだったのか」と思っていました。
唯一感じていたのは、足のだるさだけ。
自己検査は怖くて、今回も出来ませんでした。

判定待ちの30分、本当に逃げ出したかった。
番号を呼ばれて診察室に入ると、笑顔のS先生。
陽性判定でした。
しかも、HCGは2798・・・高すぎ!
「もしかしたら2個とも着床したかもしれませんね」と言われ、妊娠できていたことよりも双子?!ということにびっくりして、なんだかふわふわした気分のまま病院をでました。。

5w5d、胎嚢確認は院長先生。
エコーに映った胎嚢は、19mm程度のものが1個でした・・・ちょっとホッ。
以前は胎芽は見えなかったのに、胎芽も卵黄嚢もちゃんと見えて、更に「うっすら心拍も見えますね」と。。
診察室で、HCGが高かったことと、本当に双子ではないのか確認してみましたが、「1卵性ではなさそうだし、胎嚢が1個なので2卵性の可能性も無いから、もしかして2個着床したけど1個はダメになったのかもしれない」とのことで、単胎妊娠が確定したのでした。

6w5d、心拍確認。
前回見えていた心拍が、今日は見えるだろうか?と本当に心配でした。
8月のときはこの時点で流産確定だったので・・・。
でも、赤ちゃんは元気に育ってくれていました。
胎嚢も27.8mmと大きくなり、はっきりと心拍が見えました。
年末にかかるから、と早めの卒業になると前の週に聞いていたのですが、本当に年内に卒業できることがちょっと信じられない感じでした。

院長先生は、「いい報告をいただけること、お待ちしています」と笑顔で言ってくださいました。
いつも穏やかで、的確な診断をしてくださる院長先生、信じて通って良かった!と思いました。
スタッフの方々も、先生方も、皆さん親切で、殺伐とした雰囲気がない病院だったと思います。
特に私はKLCにアレルギーを持ってしまっていたので、余計にそう感じたのかもしれませんが・・・。
まだ胚盤胞5個がFCTで眠っています。
1人目出産もまだ先で、今は具体的には2人目のことは考えられませんが、いずれまたFCTでお世話になろうと考えています。

テーマ:赤ちゃんがほしい - ジャンル:結婚・家庭生活

治療の記録~FCT転院後-3回目の移植まで~

GW中に採卵した卵たちは胚盤胞まで培養を進めて、凍結保存することとなっていたので、採卵の翌日に仙台へ帰省しました。
父の実家は仙台よりも北の東松島というところにあり、津波で家屋が浸水していました。
誰も住んでいなかったのが幸いでしたが、後片付けがなかなか進まず、ダンナ様と共に手伝いに行ったのです。
この時ばかりは、身軽である自分で良かったと思いました・・・スコップで汚泥を掬ったり、とにかく重労働でしたから。

実家にいる間に、胚の中間報告メールが届きました。
結果は、12個のうち11個が受精し、10個分割している、とのこと。
「分割しないのではないか」という不安がずっと付きまとっていたため、分割している、ということに本当にホッとしました。
受精障害や、分割障害ではなかった!ということだけでも、安心できました。

GW明けに、凍結確認で病院へ行きました。
胚盤胞になったのは5個、まずまずの結果です。
4AA、4AB、4BB、3BB、G1でした。
本当のところ、もっとAAとかABがあるかな、と思っていたので少し残念でしたが・・・。
4AAと4BBとG1は顕微授精、4ABと3BBは体外受精で出来た卵とのことでした。

そして翌月、ホルモン周期での1回目の移植。
4AAの1個を戻すことになりましたが、今度は「ちゃんと戻ってくれなかったらどうしよう・・・」と、もうひとつひとつのことが不安だらけなのか!と突っ込まれそうな不安っぷり。
土曜の移植ということもあり、完全に戻る前の収縮中の卵でした。
鍼灸は前日の夕方に行っていて、それもタイミングとして早いのでは?と思っていました。

FCTは中間判定が無いので、エストラーナテープと膣座薬をひたすらきっちり続け、2週間待ち続けました。
なんの兆候も無いまま、BT11日目、待ちきれず妊娠検査薬を試して、陰性。
BT14日目、病院でも(当たり前だけど)陰性。
AAの卵を戻したのに、やっぱり1回じゃ無理だったか・・・という感じでした。

ホルモン周期は期間を空けなくていいということで、すぐさま2回目のチャレンジ。
7月の初め、4ABの卵を戻しました。
前回、完全に戻ってないうちに戻したことが気になっていたのですが、このときは平日だったので通常の午後一番での移植。
鍼灸もその日のお昼に行けたので、何となくうまく行く予感がしていました。

移植後1週間は、なんの兆候もなく・・・足がだるくなったのはちょうど1週間目くらいのことでした。
そして胸が張り始め、BT12日目に茶色いおりものが出て、何となく「妊娠したかな」と感じました。
結果、陽性!!
HCGは1700以上あり、とりあえずちゃんとでているとのこと。
すぐにダンナ様にメール、実家の母に電話。
治療のことを知っているうちの母は、電話口で涙を堪えているようでした。

5w5d、胎嚢確認。
12.4mmの胎嚢が見えましたが、胎芽は見えませんでした。
院長先生は何も言わなかったけれど、少し胎嚢が小さいように感じたし、なんの影も見えなかったので不安を覚えました。
この数日後、胸の張りがなくなりました。
つわりらしき症状も何もなく、どんどん不安が募っていきました・・・。

そして6w5d、心拍確認、のはずの日。
胎嚢は11.7mmしかありませんでした。
胎芽も見えず、この時点で”流産”と診断されました。
やっぱり、という思いと、なんで?という思い・・・しばらく診察台から動けませんでした。
診察してくださったS先生は「この時期の流産は15%くらいの人に起こる」ということ、「ほとんどが赤ちゃんの染色体異常などが原因で、お母さんが悪いわけではないから、自分を責めないように」とのことを、ゆっくりと伝えてくださいました。
ホルモン補充を前日で止めているから、1週間以内に自然と流れるはずなので、手術はしない方向で、との診断でした。
FCTでは、出来る限り自然に流れるのを待って、赤ちゃんを無理やり掻き出したりしない、という方針のようで、それが本当に有難かったです。

診察の3日後の夜、出血が静かに始まりました。
そしてその翌日、重めの生理痛のような痛みに、耐え切れず何年か振りで鎮痛剤を飲みました。
その直後、何か大きめの塊が出た感覚があり、恐る恐るトイレに行くと、生理のときと明らかに違う、透明の小さな丸い塊が出ていました。
「胎嚢だ」とすぐに分かりました。

血を洗い流して、乾燥しないように水で濡らしたラップに包み、ダンナ様の帰りを待って、どうするか相談をしました。
このまま捨てるのは忍びないし、病院からは特に持参するように指示もされていない。
うちはマンションで埋める場所も無い。
2人で話し合って、翌日のお盆のお墓参りで、ダンナ様の実家のお墓に埋めようと決めました。

ダンナ様の実家のお墓に行って、みんなでお参りした後、ダンナ様はこっそりお墓の脇のところに赤ちゃんを埋めてきてくれました。
きっと、お盆で帰ってきたお祖父ちゃん、お祖母ちゃんがあちらへ帰るときに、一緒に連れて行ってくれるよ、と言って。
もうあの子はいないんだ、逝ってしまったんだ、と思うと辛くて、帰りの電車でこっそり泣きました。

あと1回生理を見送ったら、移植できると聞いていましたが、結局移植が終わっても、まだ私はこの子のことを引きずっていたのだと今では思います。
9月の末に3回目の移植をする時、またもや土曜の移植だったにも関わらず、早くあの子にまた会いたいという一心で、一日も早く移植したくて焦っていた割には、生活が以前より乱れていたり(チョコレートばかり食べていた)、心ここにあらず、という感じでした。
結果、4BB(移植時5BB)と3BB(移植時4BB)を移植するも、陰性。。。
残り1個のG1では心許無いので、と副院長のY先生に再度採卵を勧められ、やっと気持ちを切り替えようという気持ちになれました。

5月の採卵は、私にとって万全の時期ではなかったのかもしれません。
震災の後、心配で不安だった時期に作られた卵だったし、これは誰にも分からないことだけれど・・・もしかしたら放射線の影響だってあったのかもしれないと思うのです。
私だけでなく、会社に毎日通っていたダンナ様は、外に出ていて放射線に当たっていた時間も長かったはず。
放射線だけの影響ではなく、ストレスの方が大いに影響した可能性が高いですが、そんな時期に採卵した卵たちは、ほんの少し、弱い子達だったのかなぁ、と思っています。



テーマ:赤ちゃんがほしい - ジャンル:結婚・家庭生活

治療の記録~FCT転院後-1回目の採卵まで~

KLCもお休みしようと考えた頃、自分は体の調子がそもそも妊娠に適してないのではないかと思っていました。
年末に、子宝専門の占いとヒーリングをしている方にお会いして、その方が鍼灸に通っていたと伺ったことが気にかかっていて、私も行ってみようかな・・・と何件かサイトで調べ、気に入ったひとつに行ってみることにしました。

渋谷にある鍼灸院へ行って、帰りにのれん街で自分にご褒美のおやつを買うのが、楽しみとなり・・春まではタイミングでいいやと決めていました。
会社を辞めるまで体外は辞めようと思っていたし、ずっと病院に行っていて疲れていたということもありました。
でも、キネマに戻るにしても、新しい病院に行くにしても、体外となれば事前準備期間が必要だろうと思っていたので、早めに病院を決めなければと思いました。
そこで、鍼灸院の院長先生に相談してみたところ、気になっていたけれどジネコでもブログでもあまり情報が無くて躊躇していた病院の名前が出てきたのです。
それが、ファティリティクリニック東京でした。

結局3月まで妊娠はせず、そろそろ病院へ行こうかな、と思い始めていた矢先、海外にいる同い年の従姉からメールが来ました。
彼女も2年ほどタイミングを取っていたのに一向に妊娠せず、どうしようか悩んでいる、と以前から言っていました。
それが、急に体外へステップアップして、採卵を終えて来た、というのです!
思い切りの良さにちょっと驚いて、しかも凍結せずに5日後には卵を戻すというので、更にびっくりしたのでした。
いよいよ私も追いつかないとなぁ・・・と思い始めたものの、まだ高温期だった私は「もしかしたら、妊娠するかもしれないし」とグズグズ迷っていました。
そして生理が来たら病院へ行こう!と決めたその日、あの震災が起きました。

仙台の実家とは、直後に連絡が取れたものの、あの日の夜から数日は音信普通で、心配な日々が過ぎていきました。
徐々に友人とも連絡が付き始め、無事を確認した頃、生理がやってきて、初診の予約を入れました。
まだ原発がどうなるか不安だった頃、マスクをしてFCTへ行きました。
とにかく遺伝子異常とかの検査もして欲しかった私は、ありったけのデータを全部持って行き、院長先生はちょっと驚かれてましたが・・・全部のデータをコピーしてじっくり診て下さったのを覚えています。

そこで開口一番、訊かれたのは意外な言葉でした。
「ご家族に、糖尿病の方はいらっしゃる?」
「え・・・いえ、誰もいません」
ここにきて何故糖尿???と疑問だらけの私に、先生はこう仰りました。
「排卵前のLHが高いんですね。常にLHが高め。だからいい卵が育ってないんじゃないかな」
「AMHの検査をしましょう。排卵はしてるようだから、多嚢胞ではないと思うけど、近い症状かもしれません」
PCOSの疑い!
それは予想もしていなかったことでした。

数週間後、AMHと、着床障害が無いか見るための子宮内の細菌検査を行った結果がでました。
着床障害は、問題なし。
AMHは42.6という数字で、年齢にしては高すぎる、という結果。
私は卵巣に卵がありすぎて、前期卵胞が沢山育ってしまうため、結果的に最後に残った1つに栄養が行かず、いい卵が産めていない、ということでした。
それまでの疑問や不安が、一気に払拭されたように思いました。
この短期間で原因を突き止めて適切な治療法を提示して下さったのだから、この先生の下で絶対に妊娠できる!と確信できました。

そして誘発開始。
やはり前期卵胞は15個ほどありました・・・普通よりも注射の量を減らして進めることとなり、1日おきにFCTへ通う日々が始まりました。
D3からFSH75単位を1日おき、D9からHMG150単位とアンタゴニスト150単位を毎日、D13夜にスプレキュアで、D15に採卵。
排卵誘発は、やはりHCGではなくスプレキュアで、と指示されホッとしたのを覚えています。
私は麻酔が効きにくいらしく、採卵の最後の方は痛くて目が覚めてしまったけれど、無事12個の成熟卵が採れました。
あれだけ薬を減らしたのに12個も出来たのは、やはりAMHが高かったからなのでしょうね・・・。

テーマ:赤ちゃんがほしい - ジャンル:結婚・家庭生活

治療の記録~キネマ→KLCまで~

私が不妊の検査をしようと考えたのは、2009年の暮れのことでした。
夏ごろからタイミングを取ろうとしていたものの、なかなかうまくいかないこともあり、ついでに以前引っかかった高プロラクチン血症のことも気になり、家からも会社からも近いキネマアートクリニックの門を叩きました。

キネマでは、基本的な血液検査とホルモン値の検査、卵管通水検査を行うも、全て問題なし。
ダンナ様の精液検査も、フーナーテストも、全く問題が見られず・・・「タイミングが合えばすぐ妊娠するのでは?」と先生方も楽観視されていたようでした。
3ヶ月ほどタイミングを取ってみるものの、妊娠せず・・・そもそも、それまでも排卵検査薬も使っていたし、基礎体温もきちんと測っていたし、タイミングが合ってないわけではなかったのです。

そうこうしているうちに、ダンナ様とタイミングが取りづらくなり(うちはそもそもレスまで行かないけど、淡白な2人でした。病院から指示されてタイミングを取ることが、更にプレッシャーとなり、ダンナ様の調子がおかしくなることが増えていきました)、心の負担が減るのではないかとAIHに早い段階で踏み切りました。
でも、初夏から真夏にかけてAIHを3回行うも、全てNG。。。

P4が低めで引っかかり、デュファストンの処方でも上がらない為、AIH後にHCG5000単位を打ったのは、7月と8月のことでした。
9月、不正出血で通院すると、黄体化非破裂卵胞が出来ていて、この月はピルで強制リセット。
この頃からネット等で検索し、HCG注射の影響を考えるようになりました。
10月、4回目のAIH(HCG注射は打たれず。先生方も影響を疑ったのかもしれません)、数日後に気になっていたKLCの説明会に参加しました。
そこで加藤先生が口酸っぱく「HCGは使っちゃダメ!」と仰る言葉に恐れおののき、体外に踏み切るならKLCに行ってみようかな、と気持ちが固まっていきました。

4回目のAIHもNGだった直後、キネマにはしばらくお休みする旨を伝え、排卵日近くにKLCに出向きました。
サクサクとシステマティックに進む診療・・・1回の体外でうまくいくかもしれない!と希望の光が見えた気がしました。
けれど、数日後の初採卵で採れた卵は未成熟卵(MⅠ期)、培養してもらいMⅡ期になったものを顕微授精しましたが、残念ながら受精すらしてくれませんでした。
私は排卵まで20日近くかかるので、コントロールした方がいいということになり、12月の採卵はセロフェンを使っての周期となりました。

クリスマスイブの日、採卵した卵は3個。
2個はMⅡ期(成熟卵)で、1個はGV期だったため、最後の1つはダメだろうと初めから考えていました。
でも、2個のうち1個は少なくともお腹に戻せると信じていました。
翌日の受精確認、「1個は受精、1個は受精が確認できない」という事態に、嫌な予感がしたけれど、でも1個はきっと分割してくれると甘く考えていた私に、現実は無慈悲でした・・・その翌日、「分割が見られません」という回答。
なんで、なんで?
私の卵はおかしいの?
ダンナ様の精子達は、卵活性酵素を持っていないの?
受精障害、分割障害、という言葉が頭の中をぐるぐる回って、突っ伏して1日中泣くしか出来ませんでした。

年が明けて、KLCにもう一度行ったものの、その日から4F・・・8Fから4Fへ移されてしまったのは、私が落ちこぼれだからだろうかと暗い気持ちになりました。
先生に受精障害などの可能性が無いか、聞いてみたものの、そうではないと思う、とのお返事。
遺伝子異常を今調べるよりは、次の採卵を進めたほうがいいと言われ、迷いました。
お腹に卵を戻せないのに、12月の請求金額は30万近くとなっていました。
また戻せない可能性もあるのに、それに賭けて毎月自分の給与分くらいのお金が飛んでいくのは、正直厳しい。
年末年始で、ストレスの多い会社を辞めることをダンナ様とも話し合い、これから収入は無くなると分かっている。
仕事をしながら、会社と逆方向のKLCに通うのは、同僚の理解があっても心苦しいことでした。
でも、例え仕事を辞めても、あのラウンジで何時間も自分の番号が出るのを待つのは、精神的にきついと思いました。
熱心に通っていらっしゃる方には本当に失礼なのですが、「長くいる場所じゃない」、「妊娠したいオーラがみんな強すぎて、なんか嫌だ」と初めの頃から思っていたので、私には合わないかも、と結論付けました。

2011年1月の初めのことでした。


テーマ:赤ちゃんがほしい - ジャンル:結婚・家庭生活

 | HOME |  次頁へ移動する»

FC2Ad

 

プロフィール

なお

Author:なお
私、30代半ば。ダンナ様、40代突入。
結婚してはや6年。
しばらくダブルインカムで頑張ろうとしていたり、途中でマンションを買ったりして、子づくりにやや乗り遅れ・・・

お子待ち本格開始は、2009年8月の終わり。
2010年2月から病院デビュー。
2010年11月からKLCデビューしました。
1回目の体外受精は、未熟卵で受精せず、移植中止。
2回目の体外受精は、成熟卵2個のうち1個受精→分割せずで移植中止。
しばらく自然に、タイミングで頑張り、更にFCTへ転院。
3回目の採卵 12個採卵→11個成熟卵→10個受精(顕微6個、体外4個)→10個とも分割確認→胚盤胞5個
1回目の移植 HR周期→陰性(4AA、AHあり)
2回目の移植 HR周期→陽性判定(4AB、AHあり)

最新記事

月別アーカイブ

最新コメント

カテゴリ

未分類 (0)
周期①-タイミング (23)
周期②-AIH1回目 (11)
周期③-タイミング (12)
周期④-AIH2回目 (11)
周期⑤-AIH3回目 (8)
周期⑥-強制リセット (4)
周期⑦-AIH4回目 (5)
周期⑧-KLC完全自然周期<受精せず (5)
周期⑨-KLC採卵周期②<分割せず (6)
周期⑩-お休み周期 (2)
周期⑪-お休み周期 (2)
その他 (1)
周期⑫-FCT採卵周期~胚盤胞凍結 (1)
周期⑭移植~判定 (1)
周期⑮移植2回目~陽性判定 (5)
その後 (6)

 

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。